目的に向かって動いているときは、毎日が面白い。

卒業制作、どんな思い出がありますか?

  2月8日にグラフィックデザイン科の卒業制作審査がありました。卒業制作といえばみなさん、それぞれに思い出が蘇ってくるのではありませんか?  

 私の仕事場の本棚に1981年度からの卒業制作作品集の本がズラーっと並んでいます。皆、力作が揃っていることに驚かされます。  

 その当時の作品を今の作品群に紛らせて審査を受けさせてみると、ダントツで優秀賞になるのではないかと思われるものがゴロゴロあることに気がつきました。なぜ、こんなことが起こるのだろうかと考えてみました。  

 1982・3・4・5~年( 世間で言われる80年代ですね )の頃はデザイン全般に元気が溢れていた時代です。このデザインで世の中が動くかもしれないと、学生さんもギラギラしていた頃とも言えそうです。表現をすることの面白さとか楽しさが生活の一部になっていたり、何か表現をしたいことがデザイン畑で実現できそうだとワクワクしていた感じもありました。

社会人になり、「欲」を休んでいませんか?

  デザインには 、( 主にグラフィックデザインについて喋りますが・・)越えなければいけない壁が2つあります。一つ目は誰に何をどのように言うのか?なぜ、そう言うのか?などを、伝えたいことを受け手が「そうかも・・!」と思えるように、ひとことでまとめ上げることです。コレを伝えれば、受け手が理解・納得・共感してくれるという「メッセージとして」伝えたいことを組み立てることです。詳しく言うと、その「メッセージ」で世の中の困りごとや問題は解決するのか?が大切なのですが・・・。  
   
 二つ目はそのメッセージを受け手の印象に残るように図像として組み立てることです。印象に残ればヒトは時間差こそあれ、次の行動を起こす動物だからです。好きな図像の組み立てでお金がもらえたり、世の中を面白くしたいという若者らしい欲求が溢れている時代でした。世の中に伝えたいことが、自分の表現ひとつで可能になるのなら面白いなーと、学生さんの熱量が今とはずいぶん違っていたのかもしれません。

世の中はできるデザイナーを待っています。

   時代が変わり、最近になると広告ではモノが売れなくなった、ヒトも動かなくなったと言う声をよく耳にします。広告代理店の連中ともそんなことが話題の中心になることがよくあります。しかし、私はそれは違うのではないかと不満に感じています。デザインの捉え方が浅すぎる。  

 人間は、表現物に接してもすぐには次の行動に移しません。まずは印象に残し、何日か後にそれを思いおこし「そうかも・・・!」と連想の輪をひろげ、次の行動に移す生き物です。大切なのは、表現物に情報を盛り込むことではなく、それらを通じて受け手に何を思い浮かべてもらうか?なのです。  

 それを考えると、これからのデザインは受け手に印象に残してもらうために、見える化、可視化の計画に計算された工夫が必要になって来ているということです。デザインの底力が試される時代だとも感じています。  

「世情、人情、自然の理を知らなければデザインとは言えない」私の好きな言葉です。ヒトのためにと考えていたら、こんな言葉にたどりつきました。  

 2024年3月1日~3月6日まで、上野の東京都美術館 2F  第4展示室で今年の卒業作品展は開かれます。みなさんの後輩たちが、ヒトの暮らしを快適にするためにつくり上げた(つもり)の作品たちが展示されます。  

 観に来ませんか。お花見にはちょっと早いようですが・・・。

<校友会 SO-ZO-NE 会長 村中 凱>