表現するって、自分を解き放つこと。

組み合わすことで、新しい何かが生まれている。
連休を上手に利用して、絵に対する自分の向き合い方を整理してみました。
頼まれての絵の制作でもないし、自分が満足するための単純な理由でもないし、ある目的に向けて淡々と描いていることが見えてきました。
ヒトが興味を示す5つの要因というものがある。
●役にたつ情報を提供している。
●役には立たないが、知らなかったことについて書かれている。
●扱っている話題に興味がある( タイムリーな話題・マニアックな話題 )。
●共感できる( 自分以外に同じことを感じている人がいた。又は感動する内容や表現 )。
●独自の視点から、物事や現象を切りとった鋭い切り口でアプローチされている。
上記5つの要因は、あるコトやモノをプロデュースする時、もっと具体的に言えば、あるコトやモノを伝えたい時に、絶えず頭の中に置いている自分のチェックポイントとも言えます。
何に反応しているのかを考えてみるのも面白い。
相手が反応してくれなければ、やはり自分も満足できないので、この5つの要因を絵を描く時点でも頭の中に置きながら描いていることも見えてきた。
Edward Hopper( 1882 ~ 1967 ) Norman Rockwell ( 1894 ~ 1978 )Andrew Wyeth ( 1917 ~ 2009 )の絵が、昔から好きです。日常の何気ないシーンの瞬間を切り取って見せてくれているから、「こんなことを目に止めたのか!」と構図の大胆さに自分の心が奪われているようです。
私はといえば、根がスケベーなものですから、これまでは男と女の間にある微妙な関係みたいなものを描いてきました。画面の外ではどんなドラマが展開しているのかを切り取ってみたいという構図に興味があったせいかもわかりません。しかし、このところ困ったことが起きてきました。
納得さえできれば、ほとんどのことは動き出す。
視線だけの中にも微妙な関係がありそうだと、ある時季から目だけをモデルに選び始めました。構図的にはそんなにある訳ではなく、今は、どんな描き方にすれば気持ちがいいんだろうと考えながら、もっと大胆な構図もありそうだナ~と苦戦中です。
そんな折、すごい言葉を聞きました。4月の中旬頃、桜の散り際は見事だな~と心を奪われ、ある日本画の巨匠に「◯◯さんなら、この散り際をどう描くんでしょうネ?」と聞いてみました。
自分だったら、どう描くのだろうかと妄想し、「これは相当、難しいナ~」と、感じた上での問いに、「私のチカラでは、まだ描けないネ~」と即座に答えてくれました。と、いうことは、この季節になると、どう描けばいいのだろうかと観察していらっしゃるということで、「その末に、納得までたどり着けない・・・」が感じられ、「絵は自分を表現するもの」を改めて感じています。
表現するって、自分の裸を見せるようなものだな~とも感じています。
<校友会 SO-ZO-NE 会長 村中 凱>