3月は、新年度の設計図を考える月。
場面が変わる月には、不思議な魅力がある。
3月という月が、どうも苦手です。変な誘惑がありすぎるから。働いている人々には転勤や異動や、定年退職があり、学校では、卒業という儀式が執り行われます。言葉をかけるときには「卒業おめでとう」が一般的ですが、心の内ではなんとなく寂しい感情が湧き上がります。ヒトとの距離が否応なしに離れたり、近づいたりに戸惑います。
3月9日、日本デザイナー学院の卒業式がありました。28歳から講師になり、75歳まで48回も卒業式に立ち会ったことになるようです。30代の頃の式では、自分と年齢の差もあまりなく、弟分、妹分ができたような感覚でした。45歳から50歳代になると、自分の子供達を世間に旅立たせるのに似た感情が湧いてきます。期待と不安が8 : 2くらいですかね。
デザインを教えることにかけては経験も積み、何よりも、どう教えれば学生さんの理解を深められるだろうかに苦心惨憺してきていますので、質量ともに不足部分は感じなく、「さあ、社会と闘っておいで ! 様々な問題にぶつかるだろうけど、それを考える知力も体力もつけたはずなので楽しんで社会と渡り合って欲しい・・・」と思っていて、教えることにかけては絶頂期の頃ともいえそうです。
30年経つと、やっと一周回って一人前だって。
55歳から60歳台になると、「デザインを教えることとは?」と、全体が見えるようになってきます。30年間、同じことをやっていると一応のことは見えるようになると、30年周期説というものがありますが、まさにコレで、今まで正解だと思ってやってきたコトの不足部分がボロボロ・チラチラと再発見されるようになるとも言えるようです。
葛飾北斎が「73歳になってやっと絵がわかってきた」と言い、90歳になると何でも描けるようになるはずだと、毎日、訓練に明け暮れたということに接し、「デザインって一体何なんだ?」「教えるって、なぜ必要なんだ?」「ヒトはなぜ、つくることに面白みを見出すのだろう?」と、私の場合は考えるようになりました。周りにいいスタッフがいてくれたおかげで、時間をある程度、自分のために使うことができ、この20年間くらい、朝の5時間は考えることにあて、午後の5時間はやらなければいけない作業にあて、夕方から夜にかけては、その時の心がうごく遊びに時間を配分しています。遊ぶことが自分を駆り立てる基になると考えていますから、ここが1日のピークかもしれません。
どうも人生には、句読点の⚪︎はないらしい。
3月の頭に、校友会の役員3人で驚くほど安い居酒屋で、午後の4時から5時間ばかり飲みました。63歳のKOさん、70歳のTAさん、75歳後期高齢者の私という取り合わせです。TAさんがこの卒業式で教職を退かれるということで、お互いのワルクチを言い合いました。70歳の定年の感想を基に話をしましたが、すべてのことは、人生の句読点にしか過ぎないな〜と結論づけました。
学生さんの卒業式は、社会人への入り口としての小さな句読点で、70歳のTAさんの定年は、社会人としての基礎演技お疲れ様の句読点で、これからフリー演技に入る入り口だよな〜と。フリー演技の期間こそ、その人の真価が問われるはずですから、やりがいもあり、納得できる時間になりそうです。
このところ、ヨハン・ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」という本を再読しています。ヒトの活動の本質は遊びであり、文化は遊びから生まれると言っています。さあ、4月からは新年度です。お互い、悔いのないように、遊びましょう。真面目に、一生懸命に、機嫌よくネ。
あっ、最後に、63歳のKOさん、校友会の副会長ですが、このメルマガ内に新規コーナーを計画中です。卒業生の皆さんにインタビューして「こんな人も、いるんだ〜」と、みんなで楽しめればいいな〜と。あと少し、お待ちください。
<校友会 SO-ZO-NE 会長 村中 凱>